5ヶ月前に投稿

高崎市新町 於菊稲荷神社

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4.5

去る 3月26日に高崎市新町
於菊稲荷神社にお出かけしました。
かわいらしい御朱印を
授かる事のできる神社として
有名ですが、
その他にも「季節の御朱印」、
「月替わり御朱印」を頒布しています。

画像は「四月の御朱印」

四月の御朱印

はじめに

授かりました御朱印を
ご紹介する前に
於菊稲荷神社で撮りました
写真を数枚ご紹介いたします。
境内ではちょうど
桜の花が見ごろでした。

お稲荷さんと於菊のお話

この神社、
もとは普通の「稲荷神社」だったそうです。

戦国時代 (天正10年) 神流川合戦の際、白いキツネが現れ北条氏が勝利を収めました。この御神得に感謝して、この地に社を構えたと伝えられています。

この稲荷が「於菊稲荷」と名付けられたのは
江戸時代だそう。

ここでは
お於菊さんの言い伝えについて
触れたいと思います。
以下は公式サイトからの引用です。

出典: 於菊稲荷神社公式ホームページ

江戸時代 新町に於菊という心優しく美しい娘がおりました。於菊はいつも稲荷神社で 近所の子供たちの面倒をみており、皆に慕われておりました。ある日、重い病にかかり住む所を失いました。子供達の親が不憫に思い、稲荷神社の側に小屋を建て交代で看病しました。

三年の月日が流れたある夜、稲荷の神様が夢枕に現れ 人々のために尽くすようにと於菊に告げたのです。お告げと同時に病は全快し、稲荷神社の巫女になりました。熱心に神明奉仕を続けるうち、神秘的な力を授かった於菊の元には、近隣、遠方から多くの参拝者が相談に訪れました。困りごとは 稲荷の於菊に聞け、於菊の稲荷に参ろうと、いつしか於菊稲荷神社と呼ばれるようになりました。今でも於菊は大好きなお稲荷さん(神様)のお手伝いをしているそうです。

於菊稲荷神社 – 於菊稲荷神社 (jimdofree.com)

鳥居と参道のイラスト

たくさんの鳥居、願い事が
「通る」あるいは「通った」
お礼の意味から、
鳥居を感謝のしるしとして
奉納することが
江戸時代以降に
広がった結果だそう。

朱色は、
魔力に対抗する色。
また朱の原材料は
硫化水銀の粉末である
辰砂で、これは昔から
木材の防腐剤として
使われてきたそうです。

お稲荷さん」らしい
朱色の鳥居」が並んでいます。
参道のかわいらしい
狐さんのイラスト。
ちゃんと前掛けをかけていますね。

稲荷神社の狐の前掛けについて
諸説あるようですが、
お地蔵様の前掛けの習慣により、
狐の像にも前掛けが
かけられるようになったようです。

花手水 Photo by Kirara

於菊稲荷神社の手水舎
手水鉢はお花で彩られ
花手水はなちょうず」になっていました。

花手水はもともと、水がないときに草花や草花においた露で
手を清めることをいいます。
京都の柳谷観音 立願山楊谷寺が手水舎に紫陽花を浮かべたことが
SNSなどで話題になり、
全国に広まりました。

以下の写真は
きらら(ママ) の撮ったものです。

由緒のありそうな
手水鉢だなと思いましたが、
やはり
高崎市指定重要文化財となっており、
この水屋は、文政6 (1823)年、新町の人々の浄財により創建されたもので、手水鉢石の「冰香」の筆跡は寛政の大詩人・大窪詩仏の書によるもので、デザイン的にも優れています。

最後に

今日はこの辺で。
後日、別の写真もアップいたします。

貴重なお時間を割き、
最後まで
ご高覧いただきまして
有難うございました
高崎市新町 於菊稲荷神社